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私的印象群
Personal Impressions
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あちこちで遊んだゲームについて、身内用掲示板に書き連ねてきた感想文を公開したり、掲示板を経ずに感想文を公開したりしています。*印がくっついている段落は、掲示板からこっちに移す段になって新たに書き加えたコメントです。


Sequence ( / Jax, ビバリー)

盤上にはトランプの絵が格子状に書かれています。プレイヤーは手札としてトランプを持っていて、手番に一枚出すと、盤上の対応するカードのところに自分のチップを置けると。で、縦横斜めに先に5つ並んだほうの勝ち。
んーと、あまりにも茫洋としていて、どこをどう楽しめばよかったのかよくわかりませんでした。たぶん「ワイルドカードをどこで使うか(どこまで使わずに粘るか)」を見極めるという、ある種Kill Dr. Luckyめいた遊び方をするのが正しいんだと思うんですけど、それにしたってワイルドカードを引くかどうかというのは純粋に運なわけだし、別に手札をたくさん回すための手段があるわけでもないし(一枚出して一枚引くのみ)、つまるところ作者がプレイヤーに何をさせたいのかが見えないのです。なんであえてこのゲームを再販することにしたんでしょう。


Quicksand (S.Cavane / FFG)

「自分がどの駒を担当しているのかは秘密」の双六。カードを一枚出すと一歩進みます。カードは駒に対応する六色に加えてワイルドカードと足止めカード。手札六枚持ち、同じカードはいっぺんに出せます。出した分だけ補充。パス禁止。以上。
手札六枚でカードは六色、ということは自分の色のカードなんてろくすっぽ出せず、ということは他の色を進めざるを得ないというわけなんですけど、それはみんな一緒なんで、おおむねどの駒もそれなりの速度で進んでいきます。ちょっと考えるのは自分の色のカードを引いたときにそれを溜め込むべきか否か?ということで、溜め込んだ方が最後の最後で抜け出すには都合がいいんですが、そうするとそのカードは使われない=死んでいるということになり、特殊なギミックが無く1枚=1歩なこのゲームではカードの死蔵はややマイナスになります。結局どっちがいいのか? 答:ワイルドカードを貯め込む。
 いや難しいこた難しいんですけどね、みんな同じ事考えるんで。序盤はやや後方をついていって足止めカードを食らわないようにしながら、後半で中位グループに出て(そうしないと前がつかえて先頭に出られない可能性がある)、最後にためておいたカードでぶち抜く、と。問題は何かというと、この「難しさ」がどこから来るのかということで、結局カードは引かないし、みんな思うように動かしてくれないし(みんな自分の色以外は個体識別しないしねえ)、そう考えると自分にできることが極めて限られてくるという事に気づかざるを得ない。やっぱり運じゃないか、となってしまうのでした。ルール説明からも解るとおりもともと地味なゲームで、なおかつ考えてもしょうがないとなると、これはちょっと辛いなー、と思います。それともゲーム人数(6人でプレー)が問題だったのかしら。3人くらいで遊べば、誰の担当でもない色というのが結構出てくるのでブラフもそこそこ効くかもしれません。でもねえ、たぶんわざわざ3人ゲームとかやって試してみるほどのゲームじゃないんじゃないかなあ。


die Fuersten von Florenz (W.Kramer, R.Ulrich / Alea)

芸術家に良い仕事をさせるためにいろんなものを競りなどで購入するゲーム。ゲーム開始時に芸術家カードというのを配られまして、そこにはその芸術家がほしいもの一覧が書かれています。でもって書かれたものを競りその他で購入すると、その芸術家の「良い仕事度」が上がっていきます。アトリエを買ってあげると+4点、とか。適当な頃合いで芸術家に作品発表させると、良い仕事度に応じて金銭または勝利点が手に入る。一定ラウンド終了時に一番勝利点の高い人の勝ち。
感想としては、競りの相場観がたいへん独特な感じでそこが面白いです。ほしいものの揃え方には一見するとかなりのバリエーションがあり、売り物も200が相場のものから1000以上が相場のものまで平気で並べて売ってるんで、百や二百の値付けの問題よりも全体の組み立て(つまり終了時にどういうものが購入されているべきかという)勝負なのかな、と思いきや、迂闊に金を使っているとすぐ資金繰りがショートしてしまうバランスになっているためやっぱり百や二百がけっこう効いてきたりします。さらには、売り物自体は概ね一緒なんですがゲームの進行状況によって重要度が乱高下(いや、上がりぱなしか下がりぱなしかなんで乱高下とは言わないか)して、さっきは1300とかいってたのに今はその半値でも迷う、というようなことが普通に発生します。
 ちょっと残念なのは、本質的にはそんなややこしいゲームでもないしゲーム時間も1時間程度とさっぱりしているんですが、枝葉のルールだったり特殊カードだったりが大量にあるせいでかなり複雑げな印象を与えてしまっていること。この珍妙な競りを成立させるためには不可欠だったと言われてしまうとまあそうかなあという気もしますが、それでももうちょっと整理できたんじゃないのか、という思いは残ります。あとはプロダクションデザイン。カードやらなにやらの使い勝手がたいへん悪いです。ただでさえいろいろあるゲームなんだからそのへんは気をつかっていただきたいものです。


Time is Money (R.Fraga, L.Geelhoed / Ravensburger)

制限時間をめいっぱい使ってサイコロを何回も振り続けるゲーム。とりあえず出目が得点になるものと思っていただければ。ゲームの特徴はただひとつ、サイコロを振っているプレイヤーには残り時間が知らされないこと。従ってプレイヤーはサイコロを振りながら同時に頭で「15,14,13...」とカウントダウンをやってかないといけません。
さて、面白かったかといいますと、残念なことにいまひとつという感があります。原因は二つあって、一つ目はスキルの差があまりにもはっきり出過ぎてしまうこと。サイコロを振りながら正確に20秒なり30秒なりを数えるというのは、それができる人には全く難しくないことであり、またそれができないひとには大変難しいことである、というのがよくわかります。でもってもうひとつ、得点方法があまりにもあんまり。結局出目次第と言うことで単純に運だけしかありません。埋め合わせのしようもないスキルと埋め合わせのしようもない運の結合によって構成されるゲーム。問題有りと言わざるを得ません。


A Dog's Life (C.Boelinger / Euro)

町中をあちこち歩いてゴミ箱を漁ったりレストランで残飯を漁ったりして、骨を見つけてねぐらに持ち帰る犬のゲーム。他の犬に骨を奪われたり保健所につかまったり、あるいは食糧難で飢えたりなどもあり。
ごくスタンダードな「アクションポイント消費してアイテム集める系のすごろく」という感じで、システムとしては全く可もなく不可もなく。だれかがゴールに近づくとみんなで頑張って袋叩きにしてみようとしたり、その間にだれかが抜け駆けしたり、というような、まあ言ってみればお約束の集合でできているゲームなので、この系統のゲームが嫌いでなければお好みでどうぞ。わたくしはこの系統があまり好きではないので、このゲームにも今ひとつという印象を持ちました。どちらかというと「野良犬であること」の再現に作者の努力が向いているような気がします。


競馬マフィア (鈴木銀一郎 / Grimpeur)

タイトルの通りの競馬もの。手札を出して馬を進めます。カードの出し方がやや変わっていて、場に出したカードは、他の人のカードが上に重ねて置かれるまでの間、毎ターン威力を発揮します。たとえば「青8」なんてのを出したら、他の人に上書きされるまで、毎ターン青の馬は8歩進むことになります。また、ベットの方法が「レース開始時に自分の馬を決定」「レース中盤に連複馬券を購入(公開)」「レース終了まで使用しなかったカードは自動的に単勝馬券として扱われる」と三つあるのも特徴的です。
ベットの方法が豊富にあるとはいえ、ジレンマは全て「自分の馬のカードは出したい、でも取ってもおきたい」という一点に収斂されるため、システムが過剰に複雑になるようなことはありませんし、破綻している部分もないと思います。どちらかというと逆に少し大人しすぎるかな、という印象があり、せっかくカードプレイの方法とかいろんなベットの方法とか新味のある機構が用意されているにもかかわらず、やっていることの印象が他の競馬ゲーム(ここではJockeyあたりを想定しています)とあんまり変わらなくなってしまうのは少しもったいないかなー、と思います。このタイプの競馬ゲームであるという時点でかなり行儀の悪いことをしない限り「出したい・取っておきたい」のゲームであるという大枠が決まってしまい、そして大枠が一緒だと印象も似たようなものになってしまうというのは避けられないのかもしれません。あまり行儀の悪い競馬ゲームって多くないんじゃないかという気がしてならないのですが、競馬ゲームファンのひとというのはそういうの嫌いなんでしょうか。


Frachtexpress (J.Kyle / Franjos)

カードを出して列車に荷物を積んだりカードを出して線路を引いたりカードを出して列車を動かしたり、と、一種類のカードを何通りもの用途に使い分けて、荷物を地点Aから地点Bまで運ぶゲーム。あまり真面目に解説する気が起きないのは根本的にバランス設定がおかしい(基本ルール時。上級ルール専用でバランス取ってある可能性あり)からで、カードによってどこからどこまで運ばないといけないかというのは違ってくるんですが、その難易度と成功報酬の間に関係が何もない。隣の土地まで運んで7点というのがあるかと思えば、端から端まで運んで5点だったり。それではそういう「良い荷物」を手に入れるために苦労するのかというと、これも単純にランダムで引いてくるだけ。わたくしのルール解釈が間違っているのか、さもなくばゲーム会社のひとの頭が間違っているのか、たぶんどちらかだと思います。


Squint ( / Out of the Box)

直線やら曲線やらの入り交じったカードを使ってピクショナリーをやるゲーム。ペア戦ではなく、「当てた人と当てられた人の両方にポイントが入るよ」式になっています。
世評が高かったのでかなり期待してたんですけども、これだったらピクショナリーで別にいいんじゃない? という気がします。この手のゲームで鍵になるのはもちろん「できること」と「できないこと」の線引きなのですが、自由に線を引けないということでピクショナリーに比べてやや強めの制限がかかっているものの、それはゲームの中の世界を変えてしまうほど強い制限じゃないので、新しいゲーム性を獲得しているというほどの事は言えず、そうなると単にちょっと制限が強いぶん苛々しやすいピクショナリーでしかない。どうしても鉛筆を持ちたくない人くらいにしかお勧めできません。 Apples to Apples にしてもこのゲームにしても、 Out Of The Box 社のパーティゲームって過大評価されてるんじゃないかと思います。


Muell + Money (J.Strohm / HiG)

工場でものを作るゲーム。ものを作るのには人と原材料が必要でさらに産廃も発生するんで処理に悩みます。お金をかけて人減らしと工場の効率化に励みましょう、という感じのゲーム。いろいろと生々しいです。この手のマネジメントゲームとしてはルールがすっきりしていて遊びやすいのは大変素晴らしいと思いました。なにせ選択の幅としては基本的に「人を減らすか否か」「必要な原材料を減らすか否か」「産廃の排出量を押さえるか否か」「生産の頻度をどうするか」の四軸を調整するだけです。ただ、分かりやすいのは良いし一回遊んだ限りにおいては破綻無くきちんと回っていて好印象なのですが、ここまで軸を減らしてしまうと複数回遊んだときに最善に近い取り合わせがごく少数に絞られてしまうのではないかという心配もあります。
戦略面以外の特徴としては、金回りがやたらきついことが挙げられます。ゲーム中殆どの時間において金が足りません。こういうバランスにするのは結構難しいようで、たいていのマネジメントゲームでは序盤がやたらにきつくて中盤で劇的に改善し、後半では金穴という概念自体を忘れているということになりがちです。このゲームも流れは全く一緒なのですが、終わらせようと誰か一人が思えば割と簡単にゲームを終わらせてしまえる、というアイデアを突っ込むことによって、金回りが改善したあたりでゲームが唐突に「終了してしまう」という乱暴といえば乱暴な解決案が提示されています。ちょっと遊び足りない気がしちゃうかもー、という難点はありますが、効果的かつ応用範囲の広い解答だと思います。


Santiago (C.Hely, R.Pelek / Amigo)

農地タイルを競り落として置いていくんだけど水路が無いとせっかくの農地が駄目になっちゃうんで水路番のひとにお願いして水路を引いて貰おう、というゲーム。水路番の役割もプレイヤーに割り振られるので、その時々の水路番担当に賄賂を送るなどして気を引いてみたり。
無論「土地だけでは駄目でそこに何かを引いてこないといけない」というアイデアの近辺には、それこそカタンだったりいろんなゲームがあると思うんですけど、このゲームにおける水路の重要性というのはただごとではなくて、何しろ折角買った土地が一瞬で腐りますから。この「道とは何か?」という問いへの極北な解(「無いと死ぬ。貴重なもの」)をベースとして、残りの要素については出した解を壊さないままゲームの形式を獲得できるように最小セットで纏めたものになっています。というとなにやら極端にアイデアが先走ったゲームにも聞こえるかもしれませんが、実際に遊んだところではとっても優等生的なものになっています。この理由は比較的簡単に推測できて、というのはこのゲーム、予想しえないようなことは基本的に起きないのです。ターン始まる→タイル置く→タイル腐るまたは生き残る→次のターン始まる、という枠内でゲームが全て片づき、例えば「数ターン前に置いたタイルが突然腐った!どうしよう!」みたいなサプライズの発生する可能性自体最初から排除されています。あくまで一本の水路を巡る刹那的な遣り取りにプレイヤーの関心を集中させようという意図がゲーム全体に働いていて、そしてその遣り取り自体にも狂騒的な部分は無い(この要素自体は狂騒感を付与使用と思えばできるようなものなので、純粋に作者の好みと考えるべきでしょう)ため、結果としてプレー感は落ち着いた静かなものになります。
バランスは整っている、ルールは最小セット構成、時間は60分、見るべきアイデアもある、と、文句のつけようもないといえば無く、実際面白いゲームなんですけど、華やかさはどこにもありません。ゲームに祝祭な要素を求めない人にお勧め。


Bauernschlau (T.Schoeps / FX)

自分の陣地を柵で囲って、そのなかにプラス点の羊をたくさん置くゲーム。手番には「柵を引く」「羊チップを(自分だけ中身を見た後)裏向きにして置く」「(望むなら羊チップを移動させた後で)羊チップを表にしてチップの位置を確定させる」のいずれかひとつだけを行います。従って、チップの中身は把握したいけどそれをやってると柵は引けないというジレンマと、相手の置いたチップがプラス点の羊なら自分の所に連れてきたいけどもし引っかけでマイナス点の羊が置いてあったらどうしよう、というブラフ勝負の二つのゲームが同時に行われているということになります。
これだけでもなかなか楽しい感じなのですが、さらに楽しいことにこのゲームにはある種の時間制限がついていまして、というのはゲームの終了時点で自分の領土をきちんと囲い込んで確定させることのできていないひとは即失格。なのでした。といってこのゲーム、自分の領土はいったん確定させたらそれ以上広くも狭くもならず、さらにはマイナス点の羊を大量に送り込まれてどうしよう、という感じでもあり、さらには最初のひとつめの柵を自分で引くと、二つ目の柵を隣のプレイヤーに有利なように引かれてしまうというような微妙なチキンゲームぶりも手伝って、なかなか柵を引きたくならない。そんなわけでのらりくらりと過ごしていると気がつけば目の前には失格がぶらさがっていてどうしよう、ということになってゆきます。
結局のところチキンレースと2択行動とブラフという分かりやすいゲーム要素三つをまとめて一つのシステムとして仕立てあげたというものになっていて、さらにはルールの分量も少なくスムーズなプレーが約束されている訳ですから、たいへんに優等生的なゲームであると言っていいと思うんですけど、実際にプレーした感じだと面白いは間違いなく面白いんですが優等生的な感じは全然なくてむしろストレンジな風味が強かったりします。なぜでしょう。


Oval Trick ( / aeronaut)

手札からカードを選んで(全員一斉に)出して進むレースゲーム。止まったマスが他のマシンのすぐ後ろだった場合、スリップストリームが効くのでボーナスで何マスか進めます。あとピットに入ると使った手札が全部手元に戻るので、また目の高いカードをばしばし使えるようになります。
ゲームの要素は全て「スリップストリーム効果をどれくらい有効に使えるか」というところに還元されるわけですが、当然スリップストリームを使う為には相手より後ろにいなければいけないわけでして、となると前にいるほうのプレイヤーとしては、マックススピードのカードを出して後ろを思い切り引き離してしまうか、あるいは逆に低速のカードを出して、相手に道を譲ってしまう(「止まったマスが」他車の後ろじゃないとスリップストリームできないんで、素で相手を抜いてしまうとあんまり嬉しくないのでした)か、といいろいろな手段を考えることができます。但しそういうことを考えるためにはちゃんと手札を残しておかないといけないので、そこでピットをどうするかという問題が。標準的なセッティングのマシン(このゲームではマシン性能を3種類から選ぶことが出来ます)では、ゲーム中のピットインを1回にするか2回にするかかなり迷うようなバランスになっており、 それまでに使用されたカードから他車の動向を見極めて決定を行わなければいけないようになっています。何せ一台だけ他から取り残されると相当きついので。
総合的に、シンプルなルールの心理ゲームというかカード一斉出しゲームというか、そういうものとしてたいへんよろしいのではないかと思います。F1とか競馬系とかのストレートなレースものって独特のルールの枷のようなものがあってどうも好みではなかったのですが、このゲームは一斉出しシステムをベースにしているため、そういう微妙な空気が無く、そのあたりが気に入った原因かもしれません。


Amun-Re (R.Knizia / HiG 2003)

Kniziaとしては久しぶりのゲーマーズゲーム。というより、元々Kniziaは純粋なゲーマー向けゲームはそれほど作らない人だったと思うのですが。
競りで土地を割り当てられて、そこにピラミッドを建てるゲーム。ピラミッドは基本的に一個1点。但し、購入した全ての土地にピラミッドを建てていると+3点とか、一番たくさんピラミッドが立っている土地の購入者に+5点とか、さらにボーナスポイントカード(後述)を持っている人だけ、そのカードごとに「××を満たせば+3点」とか。
これを2ラウンド(1ラウンドは3ターンで構成)やって合計点で勝負します。ピラミッドを建てたり土地を買ったりするのにはお金がいるので、奴隷を購入して働かせて収入を得ます(なお、奴隷一人あたりの収入は毎ターンごとにプレイヤー全員の思惑によって決定されます)。
他に、スペシャルカード(特殊な行動ができたり特殊なボーナスポイントが入ったり)を買うためにもお金がいるです。

要するにカネを他人より多く稼げれば勝てるゲームなのです。
先ほど書いたとおり、奴隷一人あたりの収入はみんなの思惑(入札みたいな方式)で決定されます。ところで、各土地には「固定収入」と「雇える奴隷の最大数」が設定されており、固定収入が多い土地は雇える奴隷の数が少ないように設定されます。
従って、奴隷収入の決定時には「少なく派」「多く派」の醜い争いが行われ、そしてゲームの行方は概ねこのあたりで決定されるものと思われます。

あと重要なのがカードですね。収入の決定とか支出の決定とかに結構な影響力を持ってる「強い」カードが多いので、取りあえずカードは買おうという話になります。

んで、面白かったか? ということですが。
かなり面白いです。「結局カネ、つか奴隷ですか?」ということになってしまいそうな気もしますが、システムは全ての要素が互いにわかりやすい関連を持っていて、どういう状況で何をすれば有利か・不利かということは充分に把握でき、しかし相手がいる(なにしろ競りゲームだし)という事実によってそうそう有利な手ばかりは取れないという困難も設定されています。

ただねえ。なんというか、要素が多すぎないか? という疑問はどうしても残るのです。Kniziaの“このスタイルの”ゲームというと、「スチーブンソンズロケット」「タージマハル」あたりなのですが、本質的にはそんなにややこしいゲームではない「ロケット」あたりと比べると、このゲームは枝葉じゃない本筋の要素だけで相当な量になってしまうのが、わたくしとしては不満に感じられます。普通にやって2hかかるし。

*なんと言いますか、こうしてクニーツィアもクラマーと同じ道を歩んでいくのだなー、と思うと、少なからず寂しく思うのです。


Moderne Zeiten (D.Glimne, G.Rejchtman / Jumbo 2002)

「ツタンカーメン」の駒の移動が競りになったもの、と説明すれば簡単なんだけど。んーと、双六の途中途中の駒にいろんな種類のアイテムが落ちてて、でそれを拾っていく(同一種類のものを一番多く拾った人に得点)というのが「ツタンカーメン」で、ツタンカーメンの場合は「どこまででも前進可、バックは禁止」だったのが、このゲームでは競りの結果で行き先が決まる感じです(だいぶ不正確な説明)。
ルールも過ぎない程度にシンプルで十分に水準以上のゲームだとは思うのですが、いかんせん3人でやるゲームでは無かったかなあ、という感じですね。4人か5人でやってどういう評価になるか。

*用意されているアイテムの数は一種類あたり五個。というわけで、3人でやると三個取らないと単独トップにはまずならない、逆に三個取れば確実にトップ(過半数だし)、というわけなので、「要するに三個取ればいいんだろ?」というあんまりにも直線的なゲームになってしまうのです。4人や5人だと、二個でもいけるかも、という期待があり、そしてその期待はこのゲームには欠かせないものだと思います。


Shark (J.Vanaise / Flying Turtle 1987, Ravensburger 2001)

株売買系ではクラシックとなっているらしい80年代のゲーム。でも大したゲームじゃないと思いました。結局序盤のサイコロ運でかなり決まるんじゃないかという。

*世評のわりと高いゲームで、遊んでみると自分としてはさっぱりだった、という経験はけっこうあるんですが、そういう経験をすると憤りより先に「僕なんか間違ってましたか?」と不安になります。そんで勝っちゃったりするとよけいにどうしていいやら解らなくなると。


Urland (D.Matthaeus, F.Nestel / Doris and Frank 2001)

意外にも特殊ルールがおとなしいのでちょっと驚きました。ゲーム自体はいわゆる一着二着陣取り系の変奏曲で、ルールはよく練られていますがちょいと優等生すぎるんじゃないの? という感じです。ルールが多すぎるのもマイナスかな。

*折角変な特殊効果をつけるんならゲーム構造をぶち壊しにするくらいのものであってほしい、という願望がどうやら僕の中には間違いなくあるようです。


Maskenball Venezia (Zoltan Aczel / Adlung 1999)

最高です。惜しむらくは最低敢行人数が6人。

*最高のパーティゲーム。


Pueblo (W.Kramer, M.Kiesling / Ravensburger 2002)

自分の色の駒を、外部からなるべく見えないように置いていく、立体パズルっぽいゲーム。低層よりも高層にある駒を見られたときのほうが減点は大きい。従って当然駒は真ん中から・地べたから置いていき、高層に駒が置かれるのは終盤と言うことになり、ということは逆転の演出もあるわけで、またルールもたいへん綺麗であり、じゃあ結論としてなんの文句もないということになるかというと、うーむ。ちょっとそうとは言い難い。いちおう、「結局先の見通しよりもその場その場の最善を目指すゲームで、しかもそれとは無関係に戦略的なレベルでの逆転が起きうる」、つまり「たいへん高度な戦略が必要→誰もそんなもんわかっちゃいねえ→じゃあつまり運?」というコンボが成立してしまうのがよくないのではないか、という文句は考えたんだけど、これも少しピントが合ってないかもしれない。このどこにぶつけて良いのか解らないような不満というのは、昔「モリシ」をやったときの感想に近いかも知れません。

*こういう感想を持たせるゲームって割と少なくないような。終わった後で「で?」とか尋ねたくなるタイプの。


Where's Bob's Hat? (A.Moon / Abacus 2002)

トリックテイキング。重要なポイントに「ボブの帽子」というのが1個あって、誰かが特定のカード(デック中に6枚存在)を取ったとき、そのひとのもとに移動します。で、最後まで持ってると大得点or大失点(どっちになるかはラウンド開始時に親が決定)。他にも得点システム一応あり。とりあえず、ボブ帽子システムと他の得点システムが噛み合ってないという文句は付けられますが、それよりもここでは音楽家の菊池成孔さんがインド料理について語った以下の文章を引用したほうがよろしいでしょう。

“インド料理の神髄など知らぬ僕には、明らかに突出して優れている赤坂のタージ(ゴージャス代表)や渋谷のカンティンプール(カジュアル代表。厳密にはネパール料理)以外、ほとんどのインド料理店はさまざまな方向性こそあれ、アベレージはみな同じ様なもんで、それぞれ同じように旨い。と思ってしまう。インド音楽もインド料理も、インド映画も、僕にはそんな感じだ。相当な数をこなしているのに差がよく解らない。みんな同じだ。で、じゃあ詰まらないかというとそんなことはなく大好きだったりする。中華をそんな風に感じている人もいるだろう。懐石をそんな風に感じている人もいそうだ。ジャズを、クラシックを、アダルトヴィデオを、テレビを、人生を。この不思議な、不感症的な愛着は何だろうか。”

*渋谷のネパール料理屋さんは、正しくは「カンティプール」と言います。素晴らしく旨いチキンカレーを食べさせてくれます。ランチなら八百円から、ディナーでもセットメニューで二千円から。是非お試しください。


Up the River (M.Ludwig / Ravensburger 1988)

ラベンズバーガーが昔出した子供用(6歳以上)双六ゲーム。の割にはパンチが効いた仕様となっております。一人駒3個持ち、一回の手番に進められるのは一つだけというルールなんですが、一定時間ごとに全ての駒が一歩後退します。そして一番後ろには崖があり、という。駒をひとつ犠牲にするか、それとも3つとも連れて行こうとするのか? バランスはなかなかきつく取ってあり、我々がプレーしたときは全12駒中完走したの4駒だけでした。なんといっても普通に振ってさえ「1〜5+特殊効果」の六面体ダイスで平均3以上を出さなければ駄目であり、さらに「特殊効果」によって他人の足を思い切り引っ張ることもできるのです。ゲームファンとしての僕は「素晴らしい子供用ゲームだ」と思いますが、日本人である僕は「子供に心の傷を残して性格ねじ曲げたりしないかしら」と不安になったりもするのです。

*ルールも子供向けの範疇だし要求される戦略レベルだって子供向けレベルで、まあ大の大人が遊ぶようなものではないんですけど、しかしこのゲームのプレイ感というのはなかなか換えがききません。本当に凶悪なゲームだと思いました。


the Settlers of Cannan (K.Teuber, D.Gray / Cactus Game Design 2002)

歴史カタン・イスラエル編。シナリオカタンは時々うまいアイデアが入っていることがあるのですが、これに関しては特にこれといった目新しい要素はありません。強いて言えば、「お好み2:1港(2:1港の材料をプレイヤーが指定できる)」くらいかな。でもそれほど効いてるとは思えませんでした。
ゲームバランスは良い感じなので、カタン好きなら。

*もういい加減トイバーはカタン作るの誰かに任せて手を引いたほうがいいと思いますが、きっとこれはそういう製品なんでしょう。良いことです。


Clash of the Gladiators (R.Knizia / HiG 2002)

ダイス振って殺し合い。殺した人数を競います。4人一組であり、各闘士には4通りくらいの個性があるので、チーム組みをどうするかというところで多少は考えます。というかチームを組んだ後は何も考えません。弱った奴を叩けばいいだけなので。あと、自分のチームが全滅すると、こんどは猛獣を操れるようになり、これがなかなか楽しい(得点も入ります)ので、敗色濃厚になると人々は自殺志願に走ります。
全員が最後までだれることなくダイスを無心に振りつづけられるという点を考えれば、ある意味理想的なダイス振りバトルゲームとは言えるのでしょうが、はたしてKniziaにそんなゲームを期待してるひとがどれだけいるかというと疑問があります。

*考えるパートがゲームの頭の部分に集中しているというのは、結構よく見かけるゲームデザインですが、なんというか、あまり、うれしくないです。いてもいなくても一緒、というのを作業(この場合はダイス振りですか)によって誤魔化されているのではないかと感じてしまうので。


Volldampf (M.Wallace / Winsome Games 1998, TM-Spiele 2001)

鉄道ゲーム。借金して線路を引いて荷物を運ぶ。荷物を運ぶときに自分の線路が一区間使われるごとに一点。新機軸があるかというと別に何もないんですが、ルールはスマートだし(特殊効果カードもあるけど、効果は七種類しかないんで許容範囲かな、と)、90分で終わるし、借金苦は楽しいし(たーいくーん)、手堅い作りに割と好印象なのでした。

*関係ないけど、Tycoon (W.Kramer, H-R.Roesner / Jumbo 1998) はなかなか良いゲームです。ただし考えることが頭に集中しちゃうゲームでもある。


TransAmerica (F-B.Delonge / Winning Moves 2002)

何が面白いのかさっぱり解りません。全員共通の線路を使って、いち早く自分の持ち都市(他人には秘密)を全部繋げれば勝ち、なんですが、持ち都市カードが配られた時点で(←ちなみにランダム)勝負が決しているような気がしてならないのです。線路敷設でブラフをかけて楽しめるような人ならまあいいんでしょうけど、僕はそういうブラフは苦手(というか解らない)なので、ブラフなんかかけてたら手番の損にしかならないのでは、としか考えられないのです。

*一説に寄れば、このゲームの神髄は3人とかの少人数戦にあるのであって、多人数で遊んでるから駄目なんだ、と。言われてみれば確かにそんな気がします。このゲームのブラフは少人数であってこそ効果を発揮する類のものですよね。じゃあ素直に2-4人用とか書いておけばよいものを、というのはきっとマーケティングを無視した発言なのでしょう。6人で実際に遊んで失望されるよりはだいぶ良いと思うんだけどねえ。


Eden (G.Zuckermann / Kosmos 2001)

よく言われている批判(ややこしい割にカード引きオンリー、特に序盤の運が悪いとどうしようもない)は全部その通り。なんだけども、なんか情が移って捨てきれないんですよ。「カードこねえー、何も出来ねえー」とか言ってるのが意外に楽しくて。人に勧めるかっつったらNOですが、僕自身は決して嫌いじゃないです。

*ゲームの中身殆ど憶えてないですごめんなさい。


Zapp Zerapp (K.Zoch, H.Meister / Zoch 2000)

小箱が13個ございます。各小箱の中にはビーズがそれぞれ1個から13個入っています。小箱を振って中身の数を当てましょう。そういうゲーム。すっきりと馬鹿でルール簡単で短くてちょっと陰険で、子供ゲームとして大変宜しい。

*こういうのが子供用としては理想的なんでしょう。あくまで子供の国の住人なんだけど、大人にもちゃんと構ってくれる。大人ばかりで赤目になって小箱奪い合うような類のゲームではありません。


Nur Peanuts! (H.Meister / Goldsieber 2001)

スヌーピーじゃないよ。バースト系ダイスゲーム。円周上をサイコロ振ってぐるぐる回っていきます。金を払えば振り直しできます。んで、全員進め終わって、一番良いマスに止まってる人はお金をある程度回収できます。そういう。どちらかというとバースト系は欲の皮突っ張って一気にバースト、という形が多いんですが、このゲームは少しでも痛手を軽くしようともがくうちにズルズルと深みに嵌り込んでいく、という風になっているのがすこし変わってます。悪くないんだけど、バースト系につきものの「どうでもいい感」ってのはどうしても残ります。

*だって結局振り直さないのが一番


City (W.Kramer, A.Spottog / Jumbo 1989)

店を買って、客を自分の店のほうに誘導するゲーム。もちろん客はみなさんの思惑で動くのでなかなかままならないと。で、このままならなさが楽し...くないんですね残念ながら。ロボラリー的な「操れそうで操れない」感じじゃなくて、客は結局ダイスで動くんで、うまくいくかいかないかは振った瞬間に解っちゃうわけで。となるとあんまりプレイヤーとしてはやることが無いわけです。そんなゲーム。

*このゲームも中身さっぱり憶えてないのでノーコメント。


Tutanchamun (R.Knizia / Amigo 1993)

極端に説明しがたいゲームなのですが、基本的には道を進みながら落ちてるいろんなアイテムを拾っていくよと。で上手な組み合わせでアイテムを取ると良い、と。
完全情報公開で、だんだん先が見えてくるので、いち早く最後まで見通せればいいんですが、見通した結果が「駄目でした」だと悲しいです。先まで考えるのしんどいし。かといって考えないと本当にただ適当にアイテム取るだけだし。どうやって遊んでいいのかわかりづらいゲームだと思いました。

*「見通した結果が『駄目でした』」というのは、シリアスなマルチプレイヤーズゲームが落っこちやすい落とし穴だと言えるでしょう。本質的に、先が最後まで見通せた時点でゲームはただの作業になってしまうわけで、運の要素を排除して競技性を高めようとすればするほど、ゲームが穴を掘って埋めるだけの行為に堕する危険性も高まることになります。「勝つ見込みの無くなったプレイヤーはどうすべきか?」という話題がプレイヤーのマナーの問題として扱われることがありますが、これはあくまでゲームデザイン上の問題であって、そのような状況に陥ったプレイヤーがどのような行動に出ようと、そのプレイヤーを責めるのは、少なくともゲームを批評しようという視点を持ってプレーしている限りにおいては、僕としては筋が違うと考えています。


Business (S.Sackson / Relaxx 1998)

ものすごく単純な競り(入札)ゲーム。糞ゲーだと思ってたのですが、詰まらないというほどのものではありませんでした。別に特別面白くもなかったけど。六人で他にやるゲームが無いなら三・三に分けるよりは、くらいかなあ。

*まあつまんなくは無いんですけどね。敢えてプレーする価値があるほどのゲームとも思えません。何の捻りもない、見たままのゲームです。なんでこんなデザインのゲームを九十年代にもなって出版することになっちゃったんだろう。


History of the World (S.kendall, G.Dicken / Ragnar Brothers 1991, AH 2001)

ヴィンチの元ネタ、と言ってもいいのかな。ルールもわりと似てます。主に違うのは、文明の衰退タイミングが決まってること、戦闘の解決にダイスを使うこと。
ルールは簡単だし(山ほどの特殊アクションカードがアメリカですが)、プレイ感も軽いし、ヴィンチと違ってちゃんと全うに「世界史」してるし、と良いことづくめなんですがいかんせんプレイ時間五時間。良いゲームだとは思いますがこの二十一世紀にそれほどの時間かけてまでやんなきゃいけないゲームか、というとねえ。まあ古典ですね。

*っつってもそんな古いゲームじゃないんですけど。


Africa (R.Knizia / Goldsieber 2001)

アフリカ全土がチップで埋まっていて、人を派遣して踏査してチップを表にしていくと。で表にすると財宝だの原住民だの、カネになるもの(苦笑)があるのでそれで即ポイント。と。
さて数種類あるチップのうち1種以外(つっても相当な量あるんだけど)は、めくられた後も盤上に残ります。そしてこの表になったチップの隣に植民地を立てるとなんと更なるポイントが(ここのポイントシステムは"Ra"的な入り組んだものです)。
そしてこのゲームの唯一のポイントなんですが、美味しい空き地はそうないので他人との奪い合いがあります。さらにそもそも植民地を建てられる数には制限があるので、ほんとうにここに建てちゃって大丈夫?という。
と、長々と説明してきましたが、要はめくってドン、+植民地のタイミング、というだけのものなので、ゲーム時間の短さ(40分)も相まって大変軽い感じで遊べます。評価は「オモシロ浅いゲームですね。[(C)吉田]」偶に遊ぶなら悪くないです。そういう意味ではTraumfabrikとかと連関があるかな。

*このゲームも全く印象に残っていません。ところでゲーマーの人はこのようなタイプのゲームを「初心者向け」と称しがちな気もしますが、個人的な経験では“初心者”の人はあまりこういうゲームを喜ばないみたいです。「カルカソンヌ」あたりでも駄目な場合があって(僕もカルカソンヌあんまり好きじゃないですけど)、「カタン」からスタートくらいがちょうど良いようで。


Can't Stop (S.Sackson / Parker 1980, franjos 1991)

バースト式双六。2のレーンから12のレーンまで合計11レーン用意されていて、3つのレーンで一着ゴールできればその時点で勝ち。進め方ですが、4つサイコロ振って、任意の2個ずつ組み合わせ、その合計値のレーンを一歩進める。手番中これを飽きるまで何度くりかえしても良いんですが、但し最初の一回目で進めたレーンの駒しか進められません。そしてどの駒も進められないような出目が出たらバーストとなり進めた駒が元の位置まで戻されてしまいます。
単純なバースト系ですが、「各レーン一着ゴールじゃないと駄目」というシンプルな縛りがなかなか巧く利いてて、勝負し続けることのリスクが時と場合で変動してくれるので、ちょっと読めない部分とかできて悪くないです。

*このゲームがクラシックになってるのはやっぱりそれなりの理由があって、「大勝負」をかけなきゃまずそうなタイミングというのが確実に存在し、そしてその勝負に“意外に”勝てる、というのがポイントなんだと思います。「意外に勝てる」くらいのバランスを取れているバースト系ゲームって実はそんなにないんじゃないでしょうか。ただ、このゲームが最高到達点というのではジャンルとしてさすがに問題なのではないかとも。


San Marco (A.Moon, A.Weissblum / Ravensburger 2001)

駒撒いて決算やって一着二着、というエルグランデ式のゲーム。ポイントは手番に使うアクションカードの選択システムで、仲の悪い兄弟がカステラを切り分けるのと同じシステムを採用。つまり、配られたアクションカード八枚を僕が適当にふたつに分けて、あなたが好きなほうの山を先に取る。と。ゲームとしては延々とこのカード分けをやる感じ。このシステムすごく面白くて気に入ってるんだけど、ただ結局配られた八枚が全部カスだったらどうしようもないというのはどうにかならんものか。結局運じゃねえの?

*これも憶えていません。憶えていない立場から感想文を読むと、殆ど難癖を付けているだけにしか見えませんが、きっとよほどこのときのカード運が悪かったのでしょう。


Evo (P.Keyaerts / Euro 2001)

恐竜が気候変化に耐えるために進化する。進化するために進化カードを競る。さてこの人の前作“ヴィンチ”について僕は「アメリカ式のパロディ」と言ったんですが、どうやらKeyaertsさんは本気で「二時間で巡るアメリカ」を目指していた模様。でこのゲームはその点については成功してると思うんですが、問題は「二時間で巡る」と「ドイツゲーム式の洗練」とがイコールではないという点で。カードに細かいデータを載せるなとあれほど言ったのに。

*つまんないものを作る人だとは決して思わないんですが、この人のゲームとは相性が合いませんです。たぶんボードゲームに求めているものが違うんでしょう。


Limits (U.Rosenberg / Amigo 2001)

記憶力のいるブラフ。以上。

*これも憶えて無いなあ。記憶力も必要になってて、しかもカードだけで遊べるなら、一体何の不満があるんだろう。


Wyatt Earp (R.Borg, M.Fitzgerald / Alea 2001)

セブンブリッジ的な制限がかかる中でカードを出していく。誰かが上がったら(カードを出しきったら)決算で、各スート(全部で七スート)についてそれぞれ、一番多い枚数を出した人から順に得点を1点ずつ配っていく(配られる得点の総数は出たカードの枚数に比例)。あとは邪魔したりブーストしたりの特殊カード。
ルールが意外にきれいだったり、この手のゲームをいままであまり遊んでいなかったりで結構楽しめた。ただまあ運でかなり決まってしまうとは思う。元ネタは「ミステリー・ラミー」つうアメリカのゲームらしく、確かにこういうゲームならアメリカ風にストーリーの味付けをして楽しんでみたい(「ワイアット・アープ」ももちろん西部劇でテーマ付けはされてるけど、ちょと薄い)

*肝心なところの行為判定「だけ」を乱数に頼るというのは、九十年代以降のゲームデザインとしては一発レッドを食らっても文句の言えないレベルの反則行為だと思います。


Metro (D.Henn / db 1997, Queen 2000)

いかにもHennのゲーム。一手番の重みが軽くてくるくる手番が回っていつのまにか流れが出来てる。

*この人のゲームは "Show Manager", "Stimmt So!" と合わせて三つほど遊んでいますが、「駄目というほどではないが、面白いと言うほどでもない」というのが総合的な印象です。三つのうちどのゲームについても、上に書いているとおり手番の重みというのが全くなくて、つまり「意思決定」という字面に相応しいくらい深く考えるような状況が全くなくて、そうすると最終結果に対してもプレイヤーとしてはいまいち釈然としないものが残る。それでも Show Manager あたりはぐるぐる手番が回る中であれをしないとこれをしないと、という狂騒感があるのでそう悪くない気分にもなるのですけど、 Metro に関しては、んーと、どうでしょう。




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